増田メモリアル

はてな匿名ダイアリー(通称:増田)の面白投稿ピックアップ

長い話

プログラマーなどIT業界で鬱病になる人が多いのは、仕事のやり方に問題があるからでしょうか?

できない仕事をやらないといけない場合の対策は、個人で無理ならチーム全体でシェアして解決することでしょう。

昨今話題の「心理的安全性」が確保されていない企業は、ブラックですね?

 

長い話

今、残業中なんですけどもうデスクで涙をこらえるのに必死で何もできないので気をそらすためにも自分の話を書きますね それぐらいは許される職場なんです。いいでしょう。私がすべて悪いだけの、きっといい職場なんです。

 

私は小学校と中学校、合計で五年間ぐらい不登校保健室登校)でした。原因はなんだろうな。今考えてもわからないんですけど、とにかく行けなかったんですよ。なんでだろうね。

面倒くさかったんです。たぶん。鬱かなってちょっとだけ思ったりもしたけど、でも、私は当時からオタクで、ネットで動画とかを見て笑ってたからただの甘えだったのかもしれない。徹頭徹尾、甘えているだけの人間なのです。小学校の三年か四年から二年ぐらい通えなくて、六年生で復帰したけど、中学校一年でまた行けなくなりました。勉強ができないわけでも無かった。昔から地頭は良い方で、ただ集中力は無かった。何事も長く続けられなかった。極度の面倒くさがりで、家事も何も一切できなかった。

両親は、学校に行きたがらない私を叱ることもなく、いろいろ考えてくれました。なんたらスクールみたいな不登校児の集まるところに連れて行ってくれたり、カウンセラーが居る部屋に週数回だけ通うように調整してくれたり。

結果としては、私は自分の中でなんで教室に行けないかわからないまま中学の三年間を過ごして、そのまま都立のチャレンジスクールっていう学校に進学しました。都立高校で、定時制

そこには私みたいに理由もなく学校に行けなかった人って全然いなくて、病気だとか、働かなくちゃいけないから夜間で通うとか、親が離婚してから生活が変わって学校に行けなくなったとか、たくさん理由があったんです。私はなんで自分がここに居るんだろうってちょっと思ったりもしたけど、未だに仲よく遊ぶ友達ができたのもここでした。

学校は楽しかった。

でも高校はやっぱり三年しかなくて、私は大学に行くことにしました。良いなと思った大学を目指して、母がこのころ癌になったのに無理して私に英語の家庭教師までつけてもらったけど、受かりませんでした。その年だけ倍率が平素の三倍ぐらい高かったんです。なんでだろう。

結局私は担任の先生の勧めで、少し遠いけど私なら絶対入れる私立大学の文学部に入ることになりました。試験はびっくりするほど簡単で、これなら中学生時代の私でも入れるな、と思いました。教科は現代文だけでした。

でもこの大学で、私は今でもたくさん遊びに行く友人ができたし、その一人は先日入籍もしました。おめでとう。

大学は面倒くさいこともたくさんあったし、さぼったりもたくさんしたけれど、たぶん楽しかったんだと思います。バイトを始めたのも大学に入ってからです。最初は友人の勧めで飲食で働いていたんですが、給料未払いで数か月で辞めました。

次に私が応募したのは、カードゲームのショップでした。ちょうど流行ってたんです。シャドバなんて出る前で、ハースストーンは一部の人しかやってないし、MTGはオンラインが全然無かったころの話です。私はろくすっぽカードゲームなんて知らないままそこに面接に行って受かりました。

仕事はたぶん楽しかったです。結局二年半ぐらいやったのかな。みんなオタクだったし、嫌な客もいたしわかんないこともいっぱいだったけど、それでもバイトって責任もなくて気楽だったし、本当に楽しかったと思う。

その時直属の上司だった男の人とは今でもなんだかんだ年に数回会って、二人で飲んだり二回ぐらい日帰り旅行したり誕生日ディズニーしたり一緒にコンサートいったりします。私たちの関係は何なのか、こうやって書きだしても未だによくわかりません。良い友人なのかな。友達以上恋人未満の関係、結構好きです。気楽だし。いい関係ですよね。

そして私はバイトと遊びと勉学と文化コンテンツで日々を過ごしました。三人しかいないゼミでひいこら卒論を書き、その間に就活をしました。

弊社は、確か私の学校に来ていたうちの一つだったと思います。

私の父は大きな会社でそれなりに能力もあって、管理職ではないけれど責任感のあるポストについています。そんな彼と日々話をしたりしているうちに、私もこの業界にしたいな、と漠然と思っていたので、そこを受けてみることにしました。一応ほかにも数社受けました。

受かったのは二社。もう一つは金融系の会社で、少し怖くて辞退しました。その時私は卒論が楽しくて、就職の方がたぶん大事なのにそんなこと全然考えてなかったんだと思います。

そうして弊社に決めました。もうゼミ以外には大学に来る予定なんてなくて、バイトばっかりしていて、オタク趣味にお金を使いたかった。早く就活を終わらせたかった。

もともと視線恐怖症なのもあって、沢山の人がいる中で自分をアピールしたりすることが怖かったのかもしれない。

私は卒論を頑張って(学部で優秀賞をもらいました)、大学を無事卒業して、弊社へ入りました。

入ってから、ああ、結構体育会系というか、業種のくせに古臭い企業だな、と思った事は事実でした。けど、父が言うにはこの業種の中小はみんなこんなものだという話だったので、特に気にしませんでした。自分にマメさが求められる事務職は向いていないと思っていたからです。

それでも今の部に配属されて、訳の分からない言葉はいっぱいだし、教えてくれる先輩の一人は私に教える片手間ずっとグラブルをやっていた。もしかしたらグラブルをやっている片手間私に色々教えてくれたのかもしれない。

今のオフィスは、弊社の大口顧客(元請け)がほぼほぼ占めているビルです。

私は二年間、同じプロジェクトで、ワーカーホリックの上司の下で仕事をしました。

上司はイエスマンだから無茶な仕事をいっぱいもらってきちゃうし、自分がワーホリだからほかの人も同じぐらい働けるとか思っていたし、謎に有り余る体力で飲み会とかにも大体参加していましたが、怒らないし、わからないというとある程度は聞いてくれたりするし、たぶんとってもいい人でした。私が生意気言っても怒りませんでした。ただ彼自身は毎月残業60時間とかいってるワーホリでした。いまでもそうです。

それでもそのプロジェクトは楽しかったです。つらいこともたくさんあったけど、愛着もありました。

なんだか身体がおかしいな、と思ったのは去年のどこかぐらいからだと思います。去年は忙しい月が数回あって、残業が40時間を超えるぐらいの月が飛び飛びに数回ありました。

昔から起きるのが早くて、朝五時とかに起きちゃっていたんですが、三時ぐらいとかに起きちゃうようになりました。

私はスマホ依存症に近いものがあって、何かあるとすぐスマホを見ちゃうんですが、それのせいもあったのかもしれません。睡眠の質がきっとどんどん悪くなっていきました。

プロジェクトは今年の春が大詰めで、みんなピリピリしてたし、急な雑務も増えました。

ある日、一度、風呂場で痙攣のような現象を起こしました。

視界が一瞬真っ白になって、風呂場の椅子に座りこんだと気が付いたときには、身体のいろんなところが強くしびれていました。特に強かったのは手で、勝手に力強く握りしめられていて動かせませんでした。

母を呼びました。母は全裸で浅い呼吸をしながら手を強く握りしめている私のことをひどく心配してくれました。父も風呂場の外にはいてくれて、状態を調べたり、スポーツドリンクをくれたりしました。

その日は固まった手で何とか飲み物を飲んで、少ししたら回復しました。

でも、結局数日たってからも体調がすぐれず、午前半休を取って病院に行きました。

あのしびれの正体も知りたかったからです。結果は「抑うつ状態から過呼吸を引き起こしたのでは」ということでした。

お医者さんには産業医面談を受けるように言われました。私は素直にワーホリ上司へそのことを話して、午後に出社しました。

休憩スペースで面談をしました。診断の詳細、そして産業医面談というものを受けるかどうか。

受けるなら俺から上に言うよ。そういわれて、少し困りました。プロジェクトが本当に大詰めだったからです。私はその時まだ二年目のぺーぺーでしたが、そんな私でももしいなくなってしまったら困るかもしれないと思ったからです。結局上司はそのあと産業医面談の話はせずに、春からの仕事の話をされて終わりました。

その週の金曜日、私はどうしても体調がすぐれず、うまく動けなくて、会社を休みました。

もう一度産業医面談の話をしました。

私自身が、どうしてこんなにストレスを感じているかがわからなかったからです。それが仕事のせいなのか、無意識にプライベートでため込んでいたのか(その時ちょうどフォロワーとちょっとトラブルがありました)、単純に満員電車がストレスなのか、わからなかったからです。

翌週、私のところにやってきたのは課長でした。

「別に産業医面談を拒否するわけではないし、受けたいなら調整するんだけど」彼の言葉はこう続きました。「俺たちの権力より上だから、部署移動とかを指示されたら逆らえないしなあ……」

課長は私が部署を移動することになってしまった場合の人間リソースの低下を懸念していたのです。

「とりあえず、今月は今のプロジェクトを頑張って、春以降もう一度相談します」私は言いました。

もしかしたら、本当に私が居なくなったことでこのプロジェクトにクリティカルな何かが発生してしまうかもしれない。それが嫌だったのです。課長が明言してしまうことで、それが私のせいにされてしまうのも嫌だったのです。

薬を飲んでいれば出社はできました。なぜか倒れたときから咳が止まらないけれど、風邪が長引いているのだろうと思いました。

私は抗不安剤睡眠導入剤を内科でもらっていたので、薬がなくなった時についでに咳止めの薬をもらいました。

そうしたら、電車で倒れてしまいました。

咳止めとして飲んだ抗生剤と私の相性が悪かったのかもしれません。私は朝の満員電車の中でお姉さんに助けてもらい、途中の駅で降りて、でも歩けなくて、駅員さんに車いすに乗せられて詰め所みたいなところの長いすに横たえられ、母親が来るのを泣きながら待っていました。

母は病気です。私が高校の時からずっと治療しています。手術もしました。私なんかよりもずっと大変なのに、毎日ご飯を作ってくれて、こうして迎えに来てくれるのです。私は親不孝者でしたが、母が迎えに来てくれたので、駅から外に出ました。その日は散歩をして、会社を休みました。

体調の悪化が治りません。毎日薬を飲まないとうまく動けません。

それでも日は回るので、春から新しいプロジェクトに参画することになりました。すでにある程度進んでいるプロジェクトは初めてでした。

私はわからないなりに、以前の経験と知識を使って頑張ろうと思いました。そのプロジェクトの上長は先日面談をした課長でした。

参画してから一週間ほどした日、私は唐突に課長に仕事の依頼を受けました。

曰く、新しく仕事で必要なものを一から作るのだと。

この業種において、一から自分で作ることは大して難しくはありません。今のプロジェクトの様子確認も兼ねて、大丈夫です、やります、と言いました。

どうやら課長のその認識が根本的に間違っていたらしいと知ったのは、その週末のことでした。

どうやらそれは、私が触ったことのないソフトを触って、すでに動いているシステムに「絶対にミスをすることなく」仕様追加をするというものでした。

私は困惑しました。だって自分が触ったことのないものを「ミスなく」と言われても困ります。練習ができません。経験もありません。

しかも、それは私一人でやるという話でした。ベテランの技術者が後ろについてくれると言いましたが、彼は他の仕事で忙しく、週に一回、数時間様子を見てくれるだけでした。

彼がとっても忙しいのは知っていました。だから仕方ないとは思いました。上長に聞いていた話と全然違っても、もう請けちゃったと言われたら若手にはどうすることもできませんでした。

元請けからはことあるごとに「絶対にミスは許されない」と言われました。私は状況の調査から始めました。

手順書や設計書は用意されていました。ただ、前任の会社が中途半端に撤退していたため、それが正しいかどうかの調査から始めなければなりませんでした。

けれど、私が触ったことのないソフトウェアの設計違いを、どうやって見つければいいのだろう。それはとっても疲れることでした。

上長はいつもなぜか忙しそうで、私が疲れたとか、産業医面談の話についてを問いかけることは憚られる雰囲気でした。半分炎上していたのかもしれません。プロジェクト未経験が私含め半分以上を占めていた上に、その中で唯一構築経験があった私が一人での仕事に回されてしまいました。

ベテランはしきりに「ポテンシャルを見込んで」と言いました。

ポテンシャルって便利な言葉ですよね。とりあえずそう言っておけば良い感をひしひしと感じます。絶対失敗できない仕事を依頼されたなら、失敗しない人を連れてくればよかったのです。

私はそれでも何とか資料を調べて不明点を上げ連ねて、ベテランと上長との進捗報告に参加しました。訳が分からないことだらけでした。たくさんのことを言われましたが、すでに集中力が平時の半分ほどしかなくなっていた私にとって、それは呪文のようでした。半分ぐらいわかりませんでした。わかったふりをしました。

産業医面談に行けなかったので、有名な精神科のある病院の予約を取りました。その時にはもう、睡眠導入剤がないと眠れない生活になっていました。

新しい病院で、紹介状は無いんですとだけ伝えて診察を受けました。睡眠導入剤のほかに睡眠安定剤をもらいました。でも、睡眠安定剤を飲んだら昼間もものすごく眠くなってしまったので、二回しか飲めませんでした。結局抗不安剤睡眠導入剤だけを今でも飲んでいます。飲まないと眠れないし、仕事に行けないからです。

このころから、ホームで電車に不必要に近づいてしまうようになりました。(私が使っている路線は都内なのにホームドアがないのです)無意識でした。私は死にたいのかな、と思うようになりました。

転職をすればいい、とか、周りの友人は言っていましたが、どう客観的に見たって私のメンタルが弱いだけの甘えなので、私が悪いのです。昔から私が社会や親に甘えているだけなのです。その自覚があったし、転職はとっても怖いもののように思えて仕方がありませんでした。だって自分には実力がないのです。転職活動で落とされることも怖かったです。評価されないことは、訳の分からない仕事を一人でやらされることと同じぐらい怖いことでした。

今日も偉い人たちを交えての打ち合わせがありました。私はやっぱり、「絶対にミスできない」ということを念押しで言われました。それならなぜ、ソフトウェアに触ったことがないたかが三年目の私がその仕事をしなければならないのかがわかりません。他の人にも仕事内容の相談ができません。調べても全然出てきません。他のメンバーはいろいろみんなで相談しながら前に進んでいるのに、私は自分が一つわからないことがあるだけでそこに立ち止まってしまいます。解決策がわかりません。どうすればいいかわかりません。集中力がなくて、どうすればいいかもよくわからなくなってしまいました。

少し、辛いな、と思いました。

別に残業が数百時間だとか、あまりにも激務だとか、そういうことはありません。家族はとっても優しいです。私はきちんと笑えています。両親はたくさんのことに関して理解もあります。母は自分の身体も悪くて病院に通っているのに、私が精神科に行くとき一緒についてきてくれました。

部長も課長も主任もワーホリですが、きちんとしてはいると思います。中小ですが、それなりに長く続いている、頑張っている会社です。

だから、私があまりにも社会に甘えているだけなのです。私が弱くて、今まで甘やかされてきたから、ちょっと普通なぐらいのところに来ただけで耐えられなくなっているのです。

それは悪いことだと思っています。だって私が弱いのが悪いんです。甘えなのです。でも、強くなる方法がわかりません。

どうしてこうなったんでしょう。生まれたときから弱かったのでしょうか。私はどうすればいいのでしょうか。何が悪かったのでしょうか。仕事ができないことが悪いのでしょうか。

薬を飲んでいるとお酒が飲めません。友人との飲み会も、友人が気を遣って飲み放題プランを外してくれます。気を遣って一緒にソフドリを飲んでくれようともします。

優しさが申し訳ないです。私が弱いだけなのに。私が弱くて薬を飲んでいるだけなのに。

仕事が嫌いなわけじゃありません。色々考えて、正解を導き出せたときや、トラブルを解決できた時はとっても楽しいです。

ただ、たぶん、もう一人だけいたら、こんな気分になっていなかったのかな、とは思います。自分にとって、「絶対にミスできない」一人きりの仕事が、案外つらいのでしょう。ゆとりなのです。弱いのです。世間様に甘えているから仕方がないのです。責任を一人で負いたくないのです。「わからない」と隣に相談する環境が欲しいのです。

会社の最寄りの駅にはホームドアがありません。今は想像するだけだと思ってはいますが、段々と黄色い線の向こうを歩いていってしまって、いつか飛び込んでしまったら、と思うととても怖いです。それも、私が弱いからなのでしょう。

お母さんのごはんがもっと食べたいです。

お父さんともっとお酒を飲みたいです。

生きたいです。オタクは楽しいし、ちゃんと毎日笑っているし、友人もいい人がいっぱいいます。でも、いつまで生きればいいのか、よくわかりません。勝手に涙が出たり、ベッドから動けなくなってしまいます。

私よりもっとつらい人はそれこそ数えきれないほどいるはずなのに、どうして自分はこんなにも弱いのか。どうしたら強くなれるのか。

なんで生きてるのか、わからないのです。

それを吐き出したかっただけなのです。

 

いいから黙ってこれから書くことを実行しろ

https://anond.hatelabo.jp/20190425182450

この日記をプリントアウトしろ。おまえはすごい。おまえはおまえがどんな人生を送り、どんな考え方をして、どんな責任感で仕事に挑んでいるかを、この日記にしっかりまとめている。本当にすごい。俺にはできない。この日記はおまえという人物をよく現している。

次に、産業医の面談を入れろ。黙って入れろ。お前の手元にあるプリントはお前自身の履歴書であり処方箋だ。お前は病気である。そして病気は適切な治療で治るし適切な治療がないと治らない。だから黙って医者にかかるべきである。もうかかってるのは知ってる。大事なのは産業医であるということだ。

そしてその診断にしたがって仕事の配置転換なりをやれ。絶対にやれ。それが叶わないならさっさと辞めろ。なぜならお前の現状に対して配置転換のできない会社は確実に「お前を食い物にする会社」だからだ。おまえは命よりも仕事が大事か?違うだろう?お前の命はお前のものだ。

はっきり言うがお前が会社を辞めても世界は回るし、会社を辞めてもお前の価値は一切損なわれない。命を大事にしろ。いやしてくれ。俺は仕事で自殺する人間をネットの上であろうとこれ以上みたくないんだ。

 

https://anond.hatelabo.jp/20190428194555

同業の下請け中小なのでかなり共感した

また増田にいろいろ書くと良いと思う

それとは別に親戚に中学で引きこもった娘さんがいる

社会性は中学校で止まり、バイトすら出来ずもう30になる

鬱で引きこもりがちになっても、保健室登校定時制高校、大学、就職というルートもあったんだなと知見を得た

今となってはどうにもならないが

 

https://anond.hatelabo.jp/20190428195009

あなたどうみても鬱だし、心がマッチョな強い人たちに紛れ込んだふつうの人なんだと思うよ

人生を投げ捨てるまえにもうちょっと親とかにぶらさがりなよ

バイトや大学の人とかがたぶん心配してくれてるよ、今はそれに気づかなくていいからさ

やめるのは退職代行でいいよ

 

https://anond.hatelabo.jp/20190428213324

あたまはそれなりにいいと自負があるとプライド高くなるよね。

それと同時に、壁も高くなるんだよね。自分では下げられない。

ひとりだと、それかネットで話してるみたいな、いつ縁が切れてもいいやと思う相手には下げられるんだけど

切れちゃったら、困ると思う相手には、壁が下げられない。

でも、ひとりはつらいんだよね。

ネットみてると楽しくて忘れてられるけど、気が付くと周りと同じような将来がない。

どうすればいいのってほんとわからない。

まだ、死のうとは思ってないけど、だんだん限度に近づいてるのは自覚してる。

幸せそうな生活のどういう未来もないし、ただ暇を潰して食べて寝て仕事してるだけのループ。

年齢だけは上がっていって、余計にどうにもならなくなってきてる。

 

https://anond.hatelabo.jp/20190428222305

今すぐ会社を休め。手遅れになりつつある。これ以上今の状況が続くと心身に不可逆的なダメージが残る。

俺はまさに増田みたいな状況で半年我慢しながら働き続け、心身を壊して仕事を辞めざるを得なくなった。

家族に辛い思いをさせることになる。どうかそのようなことになってほしくない。俺は妻の人生まで狂わせてしまった。

お母さんにこれ以上心配をかけるな。健康より大切な仕事など無い。

 

https://anond.hatelabo.jp/20190428224429

本人が言う通り、元増田より悲惨なやつは確かにたくさんいるだろう。

だが、そんなことは元増田とは何の関係もない。

体が療養を必要としているのは、この文章を見れば明らかだ。どう考えても普通じゃない。

一刻も早く仕事を中断して療養に専念してください。そうしないと、これから先もっとできるはずの仕事もできなくなってしまう。

 

長い話

ぶっちゃけると君がいなくてもプロジェクトは回るし、会社が責任を取るから抜けたことへの罪悪感を抱える必要もない。今出社してもアウトプットが出せないだろうし、休職した方がいいよ。お大事に

2019/04/28 18:47

b.hatena.ne.jp

 

長い話

他人と比べるな。君は頑張りすぎたんだ。決して無理するな。会社なんて、誰か一人が突然いなくなっても、案外どうとでもなるもんだよ。だから安心して逃げろ。

2019/04/28 18:45

b.hatena.ne.jp

 

長い話

西尾維新の書く一人称キャラみたいな語り口だな/親には恵まれてるようだから後はその会社とワーカホリックの上司を馬鹿だと思わないようにしているのを止めて素直に馬鹿だと思うことだ。そして馬鹿から離れろ

2019/04/28 18:31

b.hatena.ne.jp

 

長い話

自分が弱いことを知ってる。でもそれを受け入れてないから歪みが生まれる。受け入れられないのは他人の評価が怖いから。で、独りで塞ぎ込む。もっと他人に助けを求めなよ。迷惑かけてもいいんだよ。

2019/04/29 00:06

b.hatena.ne.jp

 

長い話

やめろというアドバイスが多いけど、休暇休職フルに使って治してからやめよう。いまのままだと転職先見つからないし、万が一状態を見逃されて新しい職場に入り込めたとしても続けられないよ。

2019/04/28 23:32

b.hatena.ne.jp

 

長い話

そんなことで回らなくなるプロジェクトは回らなくて良い。

2019/04/28 23:10

b.hatena.ne.jp

 

長い話

ほんとうに、“絶対にミスできない”仕事ならあなただけに任せません。ミスがあっても任せた会社が悪いので、あなたは悪くありません。そして逃げてもすべての責任は会社にあります。いい意味で無責任になりましょう

2019/04/28 22:45

b.hatena.ne.jp

 

長い話

人によってキャパシティや向いてる分野は全く異なるので、これ位で倒れるなんて自分は弱い、という考えは早急に止めてほしい。逆に増田が全然平気なことが、耐えられない人もいる。とにかく休んでね。

2019/04/28 22:17

b.hatena.ne.jp

 

長い話

能力以上のことをやらせるほうが罪だから。全然悪くない。しっかり休んで、また働けるようになって働けることが社会的に大正解なので。あなた1人を育てるのに社会は大きなコストをかけてる。休んで遊んで楽しんで

2019/04/28 22:07

b.hatena.ne.jp

 

長い話

駅のホームは線路の方に向かって、水捌け用に傾斜が切ってあるから、身体がギリギリの時に歩くと、どうしても低い方に身体が持ってかれますよ。気を付けて。

2019/04/28 21:21

b.hatena.ne.jp

 

長い話

突然1年間休養かました私が断言するけど仕事は全く問題ない。何度も甘えって書いてるから本心では甘えじゃない事に気づいてるんでしょ?1ヶ月無理する度に年単位で治療期間が延びるから一刻も早く傷病手当の取得を

2019/04/28 21:10

b.hatena.ne.jp

 

長い話

「絶対にミスできない」のならそれはシステムや運用フローで何とかすべきだけの話で個人の問題ではないぞ、単純にいうとメッチャ人雇ってテストしたり、検証環境メッチャ整備したりしろ。

2019/04/28 21:03

b.hatena.ne.jp

 

長い話

お母さんです。一生懸命に頑張っていることを一概に否定したくないので、あなたを助けながら見守っているつもりなんだけど、一番の望みは、あなたの健康と幸せです。一緒に少し休みましょう。

2019/04/28 20:49

b.hatena.ne.jp

 

長い話

("「絶対にミスできない」ということを念押しで言われました" )/(あんま関係ないが、東日本震災原発事故直後「《叱責を恐れてミスを報告できない》ような体質の組織は…」みたいな議論があったな。難しいね。)

2019/04/28 20:15

b.hatena.ne.jp

 

長い話

人間には失敗する権利があるのだ。失敗しなくなったら神という存在にされてしまうのだ。

2019/04/28 19:32

b.hatena.ne.jp

 

 

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる

なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる